Monday, March 19, 2012

7.1.2006 - 1.31.2012 (Part 2)

過去5年半のスタートアップ創り経験を振り返りつついろいろ書いてみよう、という趣旨で前回より始めた次第ですが、今回はまず「どんな会社にいたのか」について書いてみようと思います。

その前に、ここで前回書き損ねたので一つ申し上げておけば、私はこの会社(以下「当社」とします)においては自分のアイディアやテクノロジーを自ら世に問うてやろうと会社を起こした「創業者」ではなく、あくまでも経営陣の端くれとして雇われた身でしたので自分の事を「起業家」と称するのはいささか面映いものがあります。ただ、会社の実際の事業オペレーションを一から立ち上げた当事者であったのと、また後述(の予定)ではありますが創業チームのメンバーが全て会社から離れた状態を継承し現在の経営陣にバトンタッチするまで、ビジネスとしての暗中模索期を乗り越えたという体験をしているのでいわゆる「雇われマネジメント・エグゼキュティブ」よりはかなり「身に迫る」体験をしております。

そういう意味では以前どこかで書いたかお話しした、スタートアップの発展段階に応じた適材適所的人材区分けで言えば、会社を起こす「創業者(Founders)」とある程度会社・ビジネスとしての「器」が固まってからの運営をする「経営者(Managers)」の間にいる"Builders"(うまい訳語が思いつかないので敢えて英語のままとします)という立場であったのだと思います。このブログの記述はそういう視点から書かれている点ご了解下さい。

では本題ですが、この私のいた会社、一言で言えば「心臓病の血液検査による診断テストの会社」です。前回入社時点で「自分以外は皆創業メンバーと言ってもよい会社に入りスタンフォード大学医学部での実験結果の他にはとりあえず投資を受けたお金があるだけ、という状態」であったと書きましたが、この実験結果というのは創業メンバーであった同大学の心臓血管病の研究者3名がアメリカ政府から巨額の助成金を受けて数年間取り組んで来た「動脈硬化に由来する心疾患と遺伝子の間の関係を探る」という大プロジェクトの中の一つのテーマであった「冠状動脈における炎症に由来するタンパク質と虚血性心疾患の関連性」に関するものでした。

ここでまたお断りなのですが、科学者でもなければ医者でも無い私がこうした医学に関する解説を行うことにはいささか無理があるのは百も承知です。ですので、ここから先の記述は同社でさんざん試行錯誤しながら作ったベンチャー投資家を始めとした社外のオーディエンス向けの資料や「エレベーターピッチ」といった「会社のセールスポイント」といった科学上は決して厳密ではないが「何が売りなのか」を説明するレベルの情報である、とご了解下さい。

一口に「心臓病」と言っても、その中には様々な病因そして発病形態を取るものが含まれているのですが、当社の取り組んでいたのはその中でも心臓そのものの筋肉に酸素と栄養を含んだ血液を送る冠動脈(Coronary Artery)に起こる動脈硬化が原因で起きる心筋梗塞、あるいは狭心症、総じて言えば俗にいう「心臓発作」の起きるリスクの判定です。

動脈硬化が進むと、冠動脈の内壁にコレステロール等の脂質、あるいは老廃した細胞から構成されるドロドロしたおかゆ状の物質(アテローム)の固まりである「プラーク」が形成されます。このプラーク、もし血管の内側に付着したまま落ち着く類いの「安定した」ものであれば血管を細めては行くものの大きな問題にはならないのですが、もしある日プラークが固まりとしてごそっとはがれてしまうような「不安定な」ものだと、そのプラークの固まりの周囲に血液が固まって(血栓ができて)冠動脈を塞いでしまい、心臓を動かしている筋肉に酸素と栄養が行かない、という状態に至ります。

上の血栓が小さかったりすぐ分裂して心臓筋肉に酸素と栄養が行かない状態が一時的であれば「狭心症」で、これもものすごく苦しいものですが、もし血栓により冠動脈が完全に閉塞し、心臓に酸素と栄養の行かない状態が続くと心臓筋肉が壊死する「心筋梗塞」となります。これはまさに心臓が正常に動かなくなってしまう、あるいは止まってしまうので、早急に治療しなければ死に至る、治療してもその後いつ動かなくなるかもしれない心臓を抱えてしまう病気です。

当社の創業チームが得た実験結果、というのはこうした狭心症や心筋梗塞が比較的近い将来に起こるリスクを血中の特定のタンパク質の量を測定することにより測定できる、という仮説をサポートすものでした。もう少し詳細に説明すれば、冠動脈の動脈硬化のプロセスは血管細胞が遺伝や生活習慣といった要因により炎症を起こし、その炎症が進んだ結果上記のプラークを形成するのですが、炎症を起こした細胞(この議論ははしょりますが、細胞=タンパク質を生成するエンジン、とお考え下さい)から生成されるタンパク質の構成比率は健康な細胞とは違ったものとなってくるので、心筋梗塞や狭心症(いわゆる「心臓発作」)を起こした人と起こさなかった人の血液に含まれる特定のタンパク質数種類の「量の違い」を統計的に解析し、アルゴリズム化する事により心臓発作のリスクを判定するテストができるのではないか、という仮説を裏付けるデータを得たわけです。

言わずもがなかもしれませんが、アメリカというのはいわゆる心臓病、それも上記の冠動脈硬化由来の「心臓発作」により死に至る、あるいはヘルスケアシステムに多大なる負担をかけている患者が極めて多い国ですので、そうした疾患研究の最前線にいる研究者としてはこれは医学への貢献もさることながらビジネスとしても極めて大きなものになるので「これは起業しよう」ということになったわけです。

…と当社の創業に至るサイエンス的背景話をしているうちにずいぶんと長くなりましたが、実はこうした話を日本語でまとまった形で書くのはおろか、話すことも実は初めてです。そういうわけですのでいささか書くのにいつもよりエネルギーを要しておりますので、今日のとことろはここで一旦お休みさせて頂きたく思います。

なお、このブログについては従前通りご質問やご要望等ございましたら、コメント欄にその旨書いて頂ければ可能な限り対応します。また、この話題で書いて行く中で、一度Q&Aめいた「回」(って、いつから連載になったんでしょうか)を設けるのもありかな、と思っています。

そして最後は一応ディスクレイマーなど。

本稿における記述、特に科学や医療に関するものについては可能な限り専門用語ばかりにならぬよう、そして眠気を催さぬよう平易に書くよう勤めて行きたいと思いますが、その結果「正確さ」を欠くものとなってしまう可能性があります。そうなった場合、その原因は筆者である私の知識と理解不足であり、自分の所属企業や文中に出てくる各団体・組織の事業や研究成果の内容や質とは全く関係の無いものです。

ではまた!

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